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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)195号 判決

原告 有限会社 コンフォート

代表者代表取締役 田村喜久子

訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳

訴訟復代理人弁護士 古木睦美

被告 片桐義子

訴訟代理人弁理士 小島高城郎

同 佐藤卓也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

特許庁が平成九年審判第一六四八六号事件について平成一一年四月二八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙審決書の理由の写し別紙に示されるとおり、「花療法」及び「フラワーセラピー」の文字を上下二段に配して成り、指定商品を第一六類「雑誌、新聞、写真、写真立て、文房具類、紙製ハンカチ、紙製タオル、紙製手ふき、衛生手ふき、紙製テーブルクロス」とする登録第三三二六一八三号商標(平成六年一〇月二四日出願、平成九年六月二七日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成九年九月三〇日、本件商標は商標法四条一項一五号及び同七号の、双方又はいずれか一方に該当するとして、本件商標の登録を無効にすることについて審判の請求をし、特許庁は、これを平成九年審判第一六四八六号事件として審理した結果、平成一一年四月二八日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年六月二日、その謄本を原告に送達した。

二  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本件商標は、商標法四条一項一五号及び同七号のいずれにも該当するものではないから、これらを根拠にその登録を無効とすることはできない、とするものである。

第三原告主張の審決取消事由の要点

審決の、本件商標の商標法四条一項一五号該当性についての認定判断(取消事由1)、同七号該当性についての認定判断(取消事由2)は、いずれも誤っているから、審決は、違法なものとして、取り消されるべきである。

一  取消事由1(商標法四条一項一五号該当性)

審決は、「フラワーセラピー」が原告や原告代表者の活動や業務を象徴する識別標識とはいえないと認定し、この認定を前提として、本件商標が商標法四条一項一五号に該当しないと判断しているが、この認定は誤りであり、この認定を前提とする判断もまた誤りである。

(1)  本件商標は、「花療法」及び「フラワーセラピー」を上下二段に配して成るものであり、その構成から明らかなとおり、「フラワーセラピー」の文字は、「花療法」の文字とともに本件商標の要部であり、本件商標からは、「フラワーセラピー」に対応して「フラワーセラピー」の称呼及びこれに対応した観念が生ずる。しかも、「フラワーセラピー」は、「花療法」より識別力が強いものであり、このことは、被告が、本件商標の登録出願(以下「本件出願」という。)のころから、それまで使用していた「花療法」に加えて、それまでは使用したことのない「フラワーセラピー」をも、あえて使用するようになったことからも明白である。

(2)  「フラワーセラピー」は、本件出願当時、原告の行う活動の一環である「フラワーセラピー研究会」(以下「原告研究会」という。)を通じて行う後記「ワイルドフラワーを用いた活花によるリハビリテーションのための療法」を示す役務商標として周知となっていた。

原告の代表者である田村喜久子(筆名「田村記子」。以下「田村」という。)は、平成五年初めころ、オーストラリアに野生する花(以下「ワイルドフラワー」と総称する。)を加工したプリザーブフラワーが、生花とドライフラワーの中間の性質を持ち、半年間も水なしで生きていることに注目し、水を使わず手軽に扱えるプリザーブフラワーを活け花に利用することで、年寄り、身障者等のリハビリテーションに役立てられると考え、本件出願前の平成六年初め、これを「フラワーセラピー」と名付けた。原告は、ワイルドフラワーを利用したボランティア活動を行うべく、原告研究会を組織し、かつ、これを主催して幅広く積極的に活動し、「フラワーセラピー」及び原告研究会が、マスコミにより広く報道されるところとなった。その結果、本件出願時である平成六年一〇月二四日当時、「フラワーセラピー」の語は、田村が考案した「ワイルドフラワーを使用した年寄りや心障者のリハビリテーションのための療法」を意味するものとして、少なくとも、年寄りや身障者等のリハビリテーションを要する人やリハビリテーションの役務を提供する人、団体の間で周知となっており、同時に、原告が、原告研究会を通じて「フラワーセラピー」の活動に従事していることも周知となっており、これが現在に至るまで継続している。

「フラワーセラピー」という商標によって示される役務は、年寄りや身障者等のリハビリテーションを要する人を対象にするものであり、このような人やリハビリテーションの役務を提供する人、団体の間で周知であれば、「フラワーセラピー」は周知であるというべきである。また、商標が周知であるためには、全国的に周知であることを要せず、一地域において周知であれば足りるものというべきである。

(3)  本件商標の指定商品は、原告が「フラワーセラピー」の商標の下に展開してきている役務と密接な関連性を有する。

原告が「フラワーセラピー」の名の下に行ってきている活動にとって、雑誌、新聞等の定期刊行物を媒体として、「フラワーセラピー」の商標の下にその普及を図ることが不可欠であるから、雑誌、新聞等での「フラワーセラピー」の使用は、原告が「フラワーセラピー」の名の下に行ってきている活動と密接な関連性を有する。また、「フラワーセラピー」の名の下に行われている活動は、リハビリテーションのための活動であるから、これが「衛生手ふき」等の商品の使用と密接な関連性を有することも明らかである。

(4)  以上のとおりであるから、被告が本件商標をその指定商品に使用するときは、その商品が原告又は原告と経済的関係にある者により製造販売されたものであるとの誤認を需要者に与えるおそれがあり、本件商標は商標法四条一項一五号に該当する。

二  取消事由2(商標法四条一項七号該当性)

審決は、被告が「フラワーセラピー」という語を商標登録しない義務を理事として職責上負っていたことを示す証拠はないと認定し、これを前提にして、本件商標が商標法四条一項七号に該当しないと判断した。しかし、この認定判断は、前提においても、結論においても誤りである。

本件出願は、被告により、原告による原告研究会等を通じての地道な活動の結果、「フラワーセラピー」の商標が普及したことに目を付け、「フラワーセラピー」の周知性に便乗しようとして、しかも、原告研究会の理事としての義務に反して、なされたものである。したがって、被告が本件商標を使用することは、法の維持しようとする商標秩序を破壊し、社会の道義に著しく反するから、公の秩序又は善良の風俗に反するものというべきであり、本件商標は商標法四条一項七号に該当する。

(1)  被告は、「フラワーセラピー」という概念は、本件出願当時、それ以前の被告の活動により既に普及するに至っていたとか、被告は、花による自然療法が一般的に知られていなかった一〇年余前より、東洋思想に基づいた花の癒しの効用を研究し、精神面のみならず人体部位にも対応させて体系的にまとめ、「花療法ないしフラワーセラピー」として広めてきたとか主張するが、これらの主張は、いずれも虚偽である。被告は、一方では、「花療法」と「フラワーセラピー」とが異なる概念であるとしながら、他方では、[花療法」と「フラワーセラピー」が全く同義であるとの前提に立って、「花療法」ないし「フラワーセラピー」は被告の活動により既に普及していたとか、被告が、「花療法」ないし「フラワーセラピー」を広めてきたとかいっているのであり、このような被告の主張は、詭弁であるという以外にない。

(2)  被告は、本件出願前から原告研究会の理事であったものであるから、本来、そのような立場にある者として、「フラワーセラピー」という商標の冒用を排除し、「フラワーセラピー」の商標及び原告研究会を通じての活動の擁護、維持、発展を図るべき立場にあった者である。ところが、被告は、理事としてこのような義務を負っていたにもかかわらず、これを踏みにじって、本件出願に及んだものである。

しかも、被告は、本件商標を原告に無断で出願し、これを秘したままフラワーセラピー研究会の理事の職に留まって「フラワーセラピー」についての知識を得たうえ、平成八年四月二四日に、フラワーセラピー研究会の理事を辞任し、辞任の後も、本件商標を出願したことを原告に秘しつつ、自らを「フラワーセラピーの第一人者」として売り込んでおり、平成七年一〇月には、「フラワーセラピー」の本を出版し、平成八年には、「フラワーセラピー」の商標を用いて、原告研究会の業務と競合する業務を営むに至っているのである。

被告は、原告研究会の理事として、「フラワーセラピー」の名の下に原告が推進していた活動を維持発展させる義務を負っていたのであるから、その被告が、「フラワーセラピー」という商標を冒認して登録出願したり、冒用したりしない義務を負っていたことは、当然のことである。被告がこのような義務を負っていたか否かは、法律問題であって、審決がしたように証拠の有無で決すべき事実問題ではない。

(3)  商標法四条一項七号の立法趣旨は、健全な社会常識に照らして、健全な社会秩序に反する商標の登録及びその使用が健全な社会秩序に反する商標の登録を排除することにある。被告に本件商標の登録出願、使用を認めることが健全な社会秩序に反するものであることは明白である。被告の行為は、背任の構成要件を充足する可能性さえもあるものである。

第四被告の反論の要点

審決の認定判断は、いずれも正当であって、審決には、取り消されるべき理由はない。

一  取消事由1(商標法四条一項一五号該当性)について

(1)  本件商標は、上段に漢字三文字で大きく「花療法」と一列に書き、下段に付記的に小さく片仮名文字で「フラワーセラピー」と一列に書いて成るものであるから、本件商標の主要部は「花療法」であり、ここが顕著な識別力を発揮する部分である。一方、「フラワーセラピー」の部分は、後述するように、「フラワーセラピー」という語自体が、「花療法」の語とともに、被告の業務に係る識別標識として周知となっているため、識別力を有しはするものの、商標の構成上からは付記的部分とみられるものであるから、結局、本件商標の付記的要部となっているということができる。

原告の主張は、基本的に、このような本件商標の構成態様を無視し、本件商標の付記的部分である「フラワーセラピー」のみに着目し、主要部である「花療法」を度外視して論ずるものであり、当を得ていない。

(2)  原告の提出する甲号各証をみても、そこでは、原告ないし田村と「フラワーセラピー」との関連性が不明であるか、関連性を認め得る場合であっても、本件出願以前より「フラワーセラピー」が商標として原告ないし田村の業務を象徴する識別標識となっていたことまでは示されていないかのいずれかである。これらから、「フラワーセラピー」の語が本件出願当時既に原告ないし田村の役務商標として周知の域に達していたと認めることは、到底できない。

(3)  原告は、本件商標の指定商品等に「フラワーセラピー」の語を商標として使用していないから、原告の活動と当該商品との間に密接な関連性があるとはいえない。

二  取消事由2(商標法四条一項七号該当性)について

(1)  「フラワーセラピー」は、原告ないし田村が考案し、普及させたものではない。「フラワーセラピー」という概念は、本件出願当時、被告の活動により既に普及していたものである。被告は、花による自然療法が一般的に知られていなかった一〇年余前より、東洋思想に基づいた花の癒しの効用を研究し、精神面のみならず人体部位にも対応させて体系的にまとめ、「花療法」ないし「フラワーセラピー」として広めてきた。原告研究会発足の二年前である平成四年には既に、著書「病気を治す花療法」を発刊し、その後、「花療法」(三冊)、「フラワーセラピー」、「花の気療法」、「続・花療法」、「花セラピー・アレンジメント」、「心と体を癒す花療法」等、六年間に九冊もの著書を発刊している。また、新聞紙上における被告の「花療法」のコラム連載は、原告研究会発足以前の平成五年より開始され、その後も継続的に種々の新聞紙上において連載されている。さらに、被告は、「花療法」ないし「フラワーセラピー」について、平成四年から、多数のテレビやラジオ番組に出演したり、全国各地において講演活動を行ったりし、また、雑誌等にも数多く紹介されている。このように、被告は、本件出願前より、既に全国規模での活動を行っていたのであり、その結果、「花療法/フラワーセラピー」は、被告の業務に係る識別標識として周知となり、特に、「花療法」、「フラワーセラピー」といえば被告と認識されるようになっていた。

(2)  原告ないし田村は、上記のとおりの被告の著名性のゆえに、これを利用しようとして、被告に講師になるよう、あるいは、原告研究会の理事となるよう依頼してきたのである。具体的には、被告は、平成六年一月二四日、原告側から、同年二月二三日に行われるセミナーの講師になるよう依頼され、講師を務め、また、同年四月の原告研究会の発足に当たり、理事に名を連ねてほしいとの依頼を受け、理事となった。

被告は、上記のような依頼を受けて、セミナーの講師になったり、原告研究会の理事として単に名を連ねたりしたのみであり、原告研究会にとって、実質上、講師ないし先生としての立場にあったにすぎない。原告こそが、被告の高名に便乗しようとしていたのである。

(3)  このような被告が、原告研究会の理事になったために、本件商標を出願してはならないという義務を負う理由がない。そのような取り決めも存在しない。

更にいえば、原告研究会、すなわち、「フラワーセラピー研究会」という任意団体は、本来「フラワーセラピー」を研究する会と認識されるにとどまるものであるから、このような団体の理事になったからといって、そのことにより、法律上、「フラワーセラピー」の保護義務が負わされることはあり得ない。

第五当裁判所の判断

一  取消事由1(商標法四条一項一五号該当性)について

(1)  原告による「フラワーセラピー」の使用について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(イ) 「FLOWER THERAPY」の語は、一九九〇年(平成二年)ころ、イギリスなどにおいて既に知られていた用語であるものの、我が国においては、この用語もその称呼である「フラワーセラピー」も、平成六年一月ころに原告ないし田村が使用し始めるまで、馴染みのない言葉であった。

(ロ) 原告は、各種イベントの企画、実施等を業とする有限会社である。原告の代表者である田村は、平成五年ころ、オーストラリアの乾燥地帯に生育し、もともと水がなくても生きる力が強い野生の花々(ワイルドフラワー)を、漢方製剤を使って処理し、半年間も生きたままの状態を保てるようにした、生花とドライフラワーの中間の性質を持つもの(プリザーブフラワー)に注目し、これを原告の事業に利用しようと考え、プリザーブフラワーをオーストラリアから輸入するとともに、老人や身障者等向けのセミナーを開いてリハビリテーションに活用することを企画した。このようにして、原告ないし田村(以下、単に「原告」ということがある。)は、平成五年五月ころから、プリザーブフラワーによる活け花を老人や身障者等のリハビリテーションに利用したボランティア活動を「フラワーボランティア」と称し、老人や身障者等を対象としたプリザーブフラワーの活け花教室を開催したり、この活動をより広めるためのセミナー(ボランティアセミナー)を開講したりするようになった。

(ハ) 原告は、平成六年一月ころから、プリザーブフラワーを利用した生け花を年寄りや身障者等のリハビリテーションに利用することを「フラワーセラピー」と称するようになった。原告は、平成六年四月二三日、原告の事務所のある魅力探検クラブハウス内に事務局を置いて、田村を代表とする「フラワーセラピー研究会」という名称の任意団体(原告研究会)を創設し、これには、被告も、原告から依頼を受けて、ほか数名の者とともに理事として名を連ねた。

(ニ) 原告研究会は、平成六年一〇月ころまでに、新聞や区報に、原告研究会の名義で、活け花教室の案内を掲載したり、事務局のある魅力探検クラブハウスのほか、東京都内のいくつかの催し場、老人ホーム、病院、保健所などにおいて、「フラワーセラピー」と銘打って、老人、身障者等を対象として、プリザーブフラワーによる活け花を利用したリハビリテーションに活用したボランティア活動を行ったりしたほか、これと並行して、ボランティア養成のためのセミナーも継続的に行った。その結果、原告研究会の活動とともに、「フラワーセラピー研究会」の名称、「フラワーセラピー」の語が、福祉関係の情報誌のほか、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞などの大手新聞にも取り上げられるに至った。

上記のとおり、「フラワーセラピー」の語自体は、もともと我が国においては馴染みのない語であったものを、原告ないし原告研究会において、平成六年一月ころから、自らの行っていた、プリザーブフラワーを利用した活け花を年寄りや身障者等のリハビリテーションに利用することを示すものとして使用するようになったものであり、この語を名称の一部に含む原告研究会(「フラワーセラピー研究会」)の活動が、年寄りや身障者等のリハビリテーションやボランティア活動などと結び付けて、話題となったことから、言葉自体としても原告研究会と結び付けてマスコミに取り上げられてきたことが認められる。

(2)  被告による「花療法」の使用について

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、これによれば、「花療法」の語は、原告によって「フラワーセラピー」の語が用いられ始めるより前から、被告によって、「花を用いた療法」ないし「花を手段とする療法」の意味で使用されてきており、被告は、東洋思想に基礎をおく花の効用で病気を直す「花療法」の研究家として全国的に広く知られていたものと認められ、被告の「花療法」は、前記認定の原告研究会の「フラワーセラピー」の知名度と比較すると、本件出願当時、格段の差をもって、より広範な地域において、しかも、より広範な階層の人々に知られていたことが明らかである。

(イ) 被告は、以前から東洋思想に関心を持ち、東洋思想の「陰陽五行説」に基礎をおく花の「気」の効用を研究し、本件出願前既に、孫維良、被告共著の単行本「病気を治す花療法」(株式会社リヨン社平成四年一一月二日初版発行、平成五年一月一八日再版発行)、被告単独著の単行本「花のパワーで病気を治す 花療法」(東京新聞出版局平成五年発行)を公刊していた。

(ロ) 被告は、平成五年七月から東京新聞において、同年一二月から中國新聞において、それぞれ、「花療法」という表題でコラムを連載しており、その他、平成六年一〇月までに、被告及びその提唱する花療法が、新潟日報、駒ヶ根ニュースなどに掲載された。

(ハ) 被告は、平成四年一二月から平成六年一〇月までの間に、日本テレビの「おもいっきりテレビ」、札幌テレビの「ちょっと和久井の二時ですよ」など五つの番組に花療法研究家として出演し、また、平成五年四月一九日には、ニッポン放送のラジオ番組「つかちゃん 体にいい花療法ってなあに」という番組に出演した。

(ニ) 被告は、平成六年一月から一〇月までの間に、東京都、豊橋市、桐生市、岩倉市、名古屋市などにおいて、述べ一〇回に及ぶ花療法についての講演を行った。

(3)  「フラワーセラピー」の出所表示性について

以上を前提に「フラワーセラピー」の出所表示性について検討する。

「フラワーセラピー」は英語である「FLOWER HERAPY」を片仮名書きした語であって、これに対応する日本語が「花療法」であることは、少なくとも初歩的な英語の知識を有していれば容易に理解することができることは、当裁判所に顕著である。

「フラワーセラピー」ないし「花療法」の語自体の意味するところは、「花を手段とする療法」であると理解されるのが一般であること、すなわち、これらの語が基本的に普通名称としての性質を有するものであることは、例えば、「薬物療法」「食餌療法」「薬餌療法」「物理療法」「化学療法」「ショック療法」「転地療法」などの用語が、いずれも、「療法」の前にある語を手段とする療法を意味するものとして理解されている例に照らしても明らかというべきである。このことは、原告自身、被告が「花療法」の研究家として知られ活躍していることを知って、自己の業務への協力を求めつつ(前認定の事実と弁論の全趣旨で明らかである。)、「花療法」に対応する英語の片仮名書きであることの明らかな「フラワーセラピー」を自己の業務に使用し始め、また、これに当たる組織に「フラワーセラピー研究会」の名称を与えたことによっても裏付けられているものということができる。原告によるこれらの行為は、原告自身、「花療法」ないし「フラワーセラピー」の語を普通名称として理解していたからであるとするとき、ごく自然に理解できるのに対し、そうでなければ、不自然な想定をしないと理解できないことになるからである。

そうだとすると、たとい、原告が「フラワーセラピー」の語を自己の業務を表すために使用し、そのことが広く知られるに至っていたとしても、そのことは、それだけでは、原告が「フラワーセラピー」すなわち「花を手段とする療法」に属する療法を業務としていることが知られるに至ったことを意味するだけで、逆のこと、すなわち、「フラワーセラピー」を行っているのは原告だけであるとの認識、換言すれば、「フラワーセラピー」の語は原告の業務に限って使用されるとの認識が広く生じるに至っていることまでも意味するものではないというべきであり、そのようにいえるためには、そのことを根拠付けるだけの特別の事情が認められなければならないものというべきである。ところが、そのような事情に該当すべき事実は、本件全証拠によっても認めることができない。

そうすると、本件商標は、その登録出願時において、原告研究会の役務と混同を生ずるおそれがあるとは認められないことに帰するものということができる。

2 取消事由2(商標法四条一項七号該当性)について

原告は、本件商標は、被告において、原告による地道な原告研究会の活動の結果、「フラワーセラピー」の商標が普及したことに目を付け、「フラワーセラピー」の周知性に便乗しようとして、出願、登録されたものであり、しかも、原告研究会の理事としての義務に反してなされたものであり、被告が本件商標を使用することは、法の維持しようとする商標秩序を破壊し、社会の道義に著しく反するから、公の秩序又は善良の風俗に反する旨主張する。

確かに、被告が、原告が「フラワーセラピー」の語の使用を始めるより前から「花療法」の語を使用して活躍していたことは、前認定のとおりであるものの、「フラワーセラピー」の語自体に限ってみた場合には、原告が使用を始めるより前にこれを使用していたことは本件全証拠によっても認めることができず、むしろ使用していなかったとみるのが自然である。そして、《証拠省略》によれば、被告は、原告が「フラワーセラピー」の使用を開始した後になって、平成七年一〇月に、株式会社同文書院から、被告監修のものとして「こころと体に効くフラワーセラピー」を出版し、平成八年四月から、「フラワーセラピーによるアレンジメントコース」と称して活け花教室を開講するようになるなど、「フラワーセラピー」の語の使用を始め、かつ使用の度合いを強めていっているものと認めることができる。

しかしながら、もともと「フラワーセラピー」が「花療法」に対応する英語の片仮名書きであること、被告は「花療法」を原告が「フラワーセラピー」を使用し始めるより前から使用してきていること、「花療法」にせよ「フラワーセラピー」にせよ、本来普通名称であって、それ自体に出所表示性のあるものではないことなどに照らすと、たとい被告が原告から依頼されて原告研究会の理事に名を連ねるなど一時その業務に協力する立場にあったとしても、被告による本件出願をもって公序良俗に反するものとすることはできないものというべきである。他にも、これを公序良俗違反と評価させるに足りる事実は、本件全証拠によっても認めることができない。

3 以上によれば、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がないことが明らかであり、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 宍戸充)

〈以下省略〉

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